芒種 (第九節気)

2022/6/6 掲載

 芒種の時期となりました。

 播磨自然高原では昨日昼2時ごろより雨が降り出しました。気温も一昨日と比べ20度前後、最近暖かかった分肌寒く感じられます。皆様、夜は重ね着するなど体調管理にはくれぐれもお気を付けください。    

 衣替えを終えたのに厚めの長袖をどこからかひっぱってきました。

 芒種の芒は、イネ科植物の穂先にある針のように尖った部分を言います。芒を持つ稲や麦などの種をまく意味にはなりますが、実際この時期は稲は田植え、麦は刈採りの時期となります。上郡町では田植えは品種にもよりますが、5月末までには終わるところが多いようです。今は田植え後にたくさんの水を入れた田んぼがあちこちで見られます。日本の原風景を見ているようで何故か落ち着くのですが?

 稲は「命の根」の短縮形との説もあるとおり、日本人のDNAに組み込まれているのではと考えればそう感じられてきますね?

 冒頭の写真は上郡町街はずれの麦畑です。収獲間近のようですね。本来のウクライナの麦畑はきっとこんなに黄金色をして見渡す限りの圧倒される情景なのでしょうね。

 さて、6月は入梅の時期。暦の上では夏至の約10日前頃。まさに梅が熟し収獲する頃に一致。それで梅の字が入っている。梅雨につきものはカビ類、その対策を昔は、お酢を希釈して掃除したり、炭で湿気を吸収するなどしていましたね?

 この時期のどこかで「父の日」があるんですが、「母は偉大なり」のとおり、母の日に比ぶれば霞んでいますね。鬱陶しい(父は鬱陶しいのでしょうか?)梅雨の時期をやめていっそのこと「母の日・父の日」と一緒にしていただいてもよいのではと?

 6月6日は「おけいこの日」。全国楽器協会はこの日を「楽器の日」としています。室町時代の能の大成者「世阿弥」の著に「6歳の6月6日に稽古をはじめるべし」とあるそうです。そう「いけばなの日」でもあります。世阿弥の「風姿花伝」を少し読んだことがありますが、「奥が深い」「奥義がここにあるのでは?」「芸事から人生訓?」、人生は段階を経て何らかを失い衰えていく、しかし、失うと同時に新しいものを得る試練の時でもあり、そしてそこに「初心」があり、何事も「初心忘るべからず」と、後継者に一生をかけて初心を忘れず前向きに生きよと語っている?そして、何事もよく「工夫せよ」と。

 ー 風姿花伝から抜粋 ー

[花は心、種は態(わざ)]
問。能に花を知ること、この条々をみるに、無情第一なり。肝要なり。または不審なり。これいかにとして心得べきや。

答。このみちの奥義を極むるなるべし。一大事とも、秘事とも、ただこの一道なり。まづ、おほかた、稽古 ・ものまねの条々に詳しくみえたり。時分の花 ・声の花 ・幽玄の花、かやうの条々は、人の目にも見えたれども、その態より出でくる花なれば、咲く花のごとくなれば、またやがて散る時分あり。されば、久からねば、天下の名望少なし。ただ真の花は、咲く道理も、散る道理も人のままなるべし。されば久しかるべし。この理を知らんこと、いかがすべき。もし別紙の口伝にあるべきか。ただわづらはしくは心得まじきなり。まづ、七歳よりこのかた、年来の稽古の条々、物まねの品々を、よくよく心中にあてて、分かちおぼえて、能をつくし、工夫を極めて後、この花を失せぬところを知るべし。この物数を極むる心、すなはち花の種なるべし。されば、花を知らんと思はば、まづ種を知るべし。花は心、種は態なるべし。

  ・・・

 なかなか奥深い内容のようですね。

 梅雨入りももうすぐそこに。  四季のある日本ならではのことと思えばそこにも風情がある・・・。


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ: